幼少期 ― 引っ越しを繰り返す中で感じていた不安
私は幼い頃から、引っ越しを繰り返してきました。
幼稚園に入る前から始まり、
小学校までに何度も環境が変わりました。
そのたびに、人間関係を一から作り直してきました。
正直、不安でした。
「受け入れてもらえなかったらどうしよう」と思うと、
怖くてたまりませんでした。
それでも、
「うまくやらなければいけない」と思い、
自分を押し殺し、
どこかで無理をしながら自分を演じて過ごしていました。
中学生 ― 約束が裏切られた怒りと絶望
中学生のとき、父は言いました。
「今度異動なら、単身赴任にする。」
私はその言葉を信じました。
でも中学2年の終わり、
再び転校が決まりました。
その瞬間、心がガラガラと崩れました。
激しい怒り。悔しさ。虚しさ。
今まで自分でも感じたことのない、
どうしようもない感情があふれました。
転校と不登校 ― 居場所を失った孤独
転校先の学校は、言葉づかいや格好も違い、
まったく合いませんでした。
私は人と関わらず
無気力でした。
気づけば、学校に行けなくなっていました。
父の「学校に行ってほしい」という言葉に、
「誰のせいでこうなったんだ」と感じながら、
部屋にこもる日々を過ごしました。
ただ、 悲しみだけが膨らんで いきました。
高校時代 ― 孤独の中でもがいた時間
高校でも孤独は続きました。
「このまま自分はどうなるんだろう……」そう思っても、何一つ、動けませんでした。
帰り道、ひとりで涙が止まらなかったこともありました。
この頃の私は、
悔しさと情けなさでいっぱいでした。
心理学との出会い ― 自分を理解できた安心
そんな中で、一冊の本と出会いました。
物理の先生に渡された、河合隼雄の心理学の本です。
なぜ物理の先生が心理学なのか。
なぜ私に渡したのか。
その理由はわかりません。
でも、自分の中のモヤモヤが、
言葉として理解できたように思えたのです。
「自分はおかしいわけではないのかもしれない」
そう思えたとき、
心がふっと軽くなりました。
社会人 ― 手に入れた日常
何年か経ち、私はプログラマーとして働き、家庭を持ちました。
子どもにも恵まれ、
穏やかな日常を過ごしていました。
「やっと普通に生きられる。
人に振り回されない。
自分が望む場所で生きていける。」
そう思っていました。
震災 ― 2011年3月11日・金曜日の午後
平和な日々の中、それは突然やってきました。
どんっと強烈な揺れ。
体が振り回されます。
机のパソコンが何台もあちこちに飛んでいきます。
椅子に座っていられず、床に崩れました。
背後からロッカーが倒れてきます。
机の隙間に身を押し込みながら、思いました。
「死ぬかもしれない」
恐怖でした。
震災当日夜 ― 崩れた現実
余震のなか、やっとの思いで帰宅しました。
崩れた建物。
騒然とした街並み。
信号も止まる停電の中、携帯で見た津波の映像。
私は言葉を失いました。
沿岸部に一人で住む義母にも、連絡が取れません。
その夜は、
家族で身を寄せ合いながら過ごしました。
余震も続き、
怖くてほとんど眠れませんでした。
程なくして義母の居場所がわかり、車で現地に行ってみると、
津波や火災で、目を覆うばかりの状況でした。
震災後 ― 東京で感じた違和感
仕事場も壁や天井が落ち
しばらく東京へ行くことなりました。
東京には、
何も変わらない日常がありました。
きらびやかな街。
喧騒にあふれた大都会。
楽しそうに浮かれた東京。
強い違和感と、孤独を感じました。
出張が終わり、暗い気持ちのまま
地元に帰って通勤途中に、
私の不注意から交通事故に遭い、入院しました。
それをきっかけに、会社を辞めました。
ブラック企業 ― 限界を超えた働き方
その後、派遣の仕事に就きました。
聞いていた話とは違い、実態は
月180時間を超える過酷な労働でした。
しかも単身赴任です。
終電、泊まり込みの毎日。
次第に心も体も、限界に近づいていきました。
崩壊 ― 酒と不眠の日々
酒に逃げるようになりましたが、
飲んでも楽にならない。
でも、やめられない。
気づけば朝でした。
眠れない。
食べられない。
離脱 ― 自分を守る決断
「このままでは壊れる」と思い、
力を振り絞り、会社と交渉し、
その職場を離れました。
回復 ― メンタルクリニックとの出会い
まだ記憶をなくすほどお酒は飲んでいましたが、
ふとメンタルクリニックの広告が目に止まりました。
「なんとかしなきゃ……」と、
受診することにしました。
待合室は椅子が埋まるほど混んでいましたが、
「ああ、自分だけじゃないのか」と妙に安心しました。
診察の後、セラピーを勧められ受けました。
人生で初めてのことで緊張しましたが、
始まってしばらくすると、
堰を切ったようにしゃべる自分がいました。
セラピストは、どんなことも否定せず、
ただ静かに受け止めてくれました。
何度も通院し
理不尽だと感じてきた人生を話しました。
そのセラピストとの関わりが回復のきっかけになり、
少しずつ、自分を取り戻していきました。
再出発 ― 地元でのやり直し
地元に戻り、派遣会社を変えました。
無理をしない働き方を意識しました。
完全ではないものの、少しずつ回復していき、
「やり直せる」
そう思えた時間でした。
脳梗塞 ― 再び訪れた絶望
毎日、充実した日々が続いていました。
ところがある日、風呂場で転倒し肩を打撲。
その日はそのまま休んしまいました。
翌朝、喋りと体に違和感を感じて病院に行き
検査を受けたところ
脳梗塞
うまくしゃべれない。
右半身が動かない。
「ああ、なんでまた自分が……」
そんな、諦めにも似た感情が心の中にありました。
リハビリ ― それでも進む
時間は待ってくれません。
リハビリの日々の始まりです。
歩行訓練。
口話訓練。
右手の訓練。
当たり前にできていたことが、
できない。
悔しい。
情けない。
焦り。
それでも、良くなると信じて
やるしかありませんでした。
コロナの院内感染もあり、
外部と隔てられた中での辛いリハビリでした。
再びの支え
なんとか歩けるようになり退院となりましたが、
リハビリ継続のため通院することになりました。
通院自体がリハビリ
生活そのものが リハビリ
派遣会社にリモートによる
メンタルケアがあることを知り、受診しました。
セラピストに今までのことを話すと、
「大変でしたね。いっぱい我慢してきたんですね。」
その一言で、今まで抑えてたものが
涙となってあふれました。
「わかってくれる人がいる」
そう感じました。
これから
私は何度も何度も立ち止まりました。
でも、そのたびに支えられてきました。
だからこれからは、
私が寄り添う側でありたいと思っています。
うまく話せなくても大丈夫です。
無理に前向きにならなくても大丈夫です。
あなたのペースでいいんです。
最初の一歩を、
一緒に見つけていきましょう。